明日から本気出す

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福原正人 (2019) 人の移動と国境管理 ―参入、離脱、受容可能性

『人口問題の正義論』(井上・松元編 2019)の7章で移民正義論をよく整理してくれている論文です。少し前に読んで忘れているのと、最も新しい中で整理に主眼が置かれているということで、まとめておきたいと思います。

 

 

―国家間の移動においては移動者の利益と居住者の利益が先鋭的な形で衝突するため、移動者の国境を超える参入・離脱に際して負担の割り当てが問題になる。(148-9)

①予備的整理(149-51)

―移民正義論では「移民受け入れ」と「頭脳流出」問題が独立して扱われてきた。本稿は受け入れの問題について主題的に扱うが、以降に展開される「正統性」の要件は頭脳流出問題にも適用可能である。

―「移民受け入れ」を念頭に置いた時、移民正義論は「国境開放」論と「国境閉鎖」論の論争として整理されてきた(Wilcox 2009; Armstrong 2012: ch8)。本稿では開放論・閉鎖論を、「移動者の参入・離脱に際して問われる利益や負担の割り当てに関する独立した」二つの議論であると捉える。

開放論:移動者の利益が、参入・離脱を正当化するに十分なほど重みづけられる、ある程度の(pro tanto)理由があることを主張する。

⇒移動者の自由・利益が「移住する人権 human right to immigrate」として保障されるかが問題になる。

閉鎖論:受け入れる側・送り出す側の居住者の利益が、参入・離脱の制限を正当化するに十分なほど重みづけられる、ある程度の理由があることを主張する。

⇒居住者の自由・利益が、正統な国家に付与される国境管理権限=移動者を選別・排除する特権として保障されるかが問題になる。

―1)両者ともに「ある程度の理由」を提示する議論であって、絶対的な理由を提示しない。受け入れ・送り出しに関わる深刻なコストが予見される状況、難民の事例など、移動者と居住者の利益の重みづけは変化する(Carens 1992:28-32)。2)移動者の自由がどういった利益を要求する自由として行使されるか考慮されねばならない。移動者の参入・離脱がa)領土に入国・出国する要求に留まることと、b)成員資格を取得・離脱する要求に及ぶこととに区別が可能であり(表7-1参照:T1領土への入国、T2資格取得、T3領土からの出国、T4資格離脱)、開放論はT1領土への入国を保障するが、T2資格取得を保障するとは限らない(Carens 1992:29; Oberman 2016:34)。閉鎖論の根拠も、入国・出国を制限する理由に足るのか、資格取得・離脱を制限する理由に足るのかを区別して検討する必要がある。

 

②移動者の自由:移住権

1)論理的な一貫性による議論(152-3)

―国内における移動の自由を認めるならば国際的な移動の自由も認められるべき、離脱の権利が認められるならば参入も認められなければならない、という形で、それぞれ後者の権利を前者の論理的な敷衍として位置付ける(Carens, Ypi, Cole, Brock)。

⇒こうした一貫性を掘り崩すケースの提示により、批判される。結婚の自由は、希望する誰とでも結婚できる権利ではない(Miller, Wellman)ため、離脱・参入の間の一貫性は成り立たない。移動の自由は、国内・国際を問わず、大なり小なり制限される自由である以上、一貫性を理由にして入国の要求を正当化できない(Pevnick, Stilz)。

 

2)道具的価値による議論(153-6)

―移動の自由は、個人の基本的な諸自由(善き生を追求する能力としての自律性と正義に適った社会を追求する能力としての正義感覚に関連する点で基本的)を行使する手段として道具的価値を伴う。

⇒十分説(Miller, Pevnick, Wellman):非リベラルな国から出国する権利やリベラルな国の国内の移動の自由を根拠づけられても、国際的な移住の権利にならない。十分な範囲の選択肢が国内で提供できるから。

―1)国内における移動の自由を権利を侵害しないで制限しうることになる。2)基本的諸自由を行使する「一般的な」選択肢を保障することだけでは、基本的諸自由を権利として保障していることにはならない。外国でしか実践できない宗教の代替として、適度な量の宗教の選択肢が国内で提供されていても無意味。あらゆる選択肢のための手段としての道具的価値がある点で、移動の自由は入国への要求を正当化できるほどに重みづけられる(Carens, Oberman)。

 

③居住者の自由:排除権(156-60)

―正統な国家は、各人の基本的諸自由を権利として保障するという意味で正義に適った制度であり、特定の地理的空間を領土として支配する正統な権利を持ち、排除権は正統な国家により行使される。

1)結社の自由(ウェルマン):誰を結社の成員として迎えるかについて決定する自由を根拠に排除権を正当化する。

⇒成員資格からの排除は正当化できても、短期滞在者の排除権を正当化しない。

2)所有権(ペブニック):正統な国家という制度は居住者の社会的協働によって創設・維持され、居住者は現行の制度に対して関係的な所有権を持つから、誰が自分たちの所有する制度に立ち入るか決定する自由(所有権)を根拠に排除権を正当化する。

⇒社会的協働をベースにすると障碍者の排除や、外国人土地所有者の包摂といった過少・過剰包摂が起こる(Blake 2014:531; Brezger & Cassee 2016:375-6)

3)同意(ブレイク):各人は責務を同意抜きに割り当てられない権利を持つが、移住者は居住者にいわれなき権利保護の責務を発生させる。責務負担の同意なき割り当てを拒絶する自由を根拠に排除権が正当化される。これは権利保護に対する一般的な義務があるとしても、その責務負担の割り当てを拒絶する権利に訴える点で強力である(一般的な救命義務があっても、同意なしに個別の人間に対して献血を強制されるのはおかしいという思考実験に訴えてこれを裏付ける)。

⇒3つに共通する批判としての「新生児のテストケース」(Kates & Pevnick 2014; Brezger & Cassee 2016)

―上記の3つの自由はすべて、国境という地理上の境界を越える移動者だけでなく、世代という時間上の境界を越えて領土内に生まれる新生児すらも選別・排除する理由として機能する。例えば同意の自由に訴えると、黒人や障碍者の新生児の権利保護引き受けを拒絶する自由を認めかねないことになる。

―排除権擁護側は、これらの自由が推定的な権利であり、独立したほかの理由によって覆されうることを強調する(Wellman 2008:117; 2011:54; Pevnick 2011:63-6; Blake 2013:119)。例えば社会的平等の理念から、新生児の権利保護拒絶が否定される。

―ブレイクの議論は移住権に相関する一般的義務を認めたうえでなお、責務負担の割り当てを拒絶する権利を正当化する点で強力だが、「社会的平等」などの別の独立した考慮事由によって乗り越えられうる。

 

③理に適った受容可能性 reasonable acceptability (161-3)

―ブレイクの同意に訴える議論を「理に適った受容可能性」という正統性条件をもって修正し、正統な国家は理に適った形で受容可能な範囲の中で、離脱・参入で問われるべき利益・負担を独自に割り当てる権利者であると論じる。

―移動の自由が基本的諸自由であるとしても職業選択の自由が種々の制約に服するように、いくつかの制限が課されることとは両立する。一方、居住者による同意だけでこうした基本的諸自由を制約するのは、新生児のテストケースに見られるように適当ではなく、独立した考慮事由によって同意は無効化されうる。単純な同意説は、基本的諸自由への制限を居住者が実際に受容するか否かで判断するのが問題点。

―この正統性条件を「理に適った形で受容可能であるか」として捉えるべき。1)ふさわしい判断材料に基づいた妥当な推論をもって決定され、2)深刻な権利侵害を引き起こしていない、という意味において正義に適った制限からかけ離れていない範囲が「理に適った形で受容可能な範囲」である。権利侵害の深刻さを同定する上では「社会的平等」や緊急性(難民の事例)などの独立した理由が考慮される。

―これは頭脳流出のように離脱の局面でも適用可能な基準である。

 

 

<コメント>

―よく整理されていて素晴らしい論文。最後の落としどころは紙幅が限られているので詳述できないのは仕方ないと思う。Estlund読まないと何とも言えない。同意説もBlakeを読まないと何とも言えないが、カンティアンコスモポリタン並感として言うと、潜在的に影響を与えうるような他者を排除して閉じられた共同体の内部だけで為した同意によって、排除された他者の自由を制限することはできないので、まあ同意説による排除権は認めたくない。

―こうして読み返すとMigration in Political Theoryの論文がけっこう参照されているし、あの論文集は多くの論点を扱っていてすごいなあという感じ。

―移民正義論で最初に読む日本語論文ならこれ!ってくらい短い、良く整理されている、わかりやすい、面白いので最近いろんな人に勧めている。

―まあEstlundとPLは避けて通れないんやろうな…というお気持ちになってきた(ずっと避けてる)。早く誰か訳してくれ。PLは進んでるって噂を聞いたけどEstlund早く訳してください、マジで…。